| 生島 ヒロシ(いくしま ヒロシ 、本名:生島 博〈読み同じ〉、1950年〈昭和25年〉12月24日 - )は、日本のフリーアナウンサー、タレント、総合司会者、芸能プロモーター、ファイナンシャルプランナー。東北福祉大学客員教授。プロダクション会社・生島企画室(現在のFIRST… 53キロバイト (6,261 語) - 2026年3月30日 (月) 09:05 |
いやこれはちょっとグッとくるものがありますね。く第一線でやってきた人がこうして戻ってくる姿を見ると、やっぱり応援したくなる気持ちもあります。
ただ、時代的にコンプラの目も厳しいですし、簡単ではないとも感じます。これからどう評価されていくのか、静かに見守りたいですね。
ただ、時代的にコンプラの目も厳しいですし、簡単ではないとも感じます。これからどう評価されていくのか、静かに見守りたいですね。
1 冬月記者 ★ :2026/04/05(日) 09:45:13.17 ID:3JLj8qha9.net
https://news.yahoo.co.jp/articles/568d0a8525fb9ddbb12c3847f4635356a1db8ba6
生島ヒロシ 復帰ラジオで涙の謝罪「感極まって泣いてしまいました」「新人の気持ちで」【コメント全文】
昨年1月から活動を休止していたフリーアナウンサーの生島ヒロシ(75)が5日、自身がパーソナリティーを務める文化放送「生島ヒロシの日曜9時ですよ~」(日曜前9・00)で活動を再開した。
生島は昨年1月に重大なコンプライアンス違反があったとしてTBSラジオのレギュラーを降板。活動を自粛していた。このラジオで復帰。番組冒頭から騒動を謝罪した。涙ながらに再開の思いを語った。
冒頭のあいさつ、全文は以下の通り。
「時刻は日曜朝9時になりました。おはようございます。生島ヒロシです。文化放送のスタジオのマイクの前で、座ってお話ししております。番組が始まる前に、私事ではございますが、少しお話をさせていただければ」
「昨年の1月27日に、27年続いた番組をコンプライアンス違反によりまして降板することになりました。私のとった行動で、不快な思いをさせてしまった方々、本当に申し訳ございません。そして、番組スタッフ、関係者、毎朝楽しみにしてくださったリスナーの皆様、本当に申し訳ございませんでした。とにかく、普段から、やらかし失敗はもともと多かったんですけど、改めて、ライフワークの番組をいきなり失ってしまうという、かなり私としてはショックも覚えましたし、猛省いたしました」
「こんな中で大変厳しい声もいただきまして、“ああ、俺はこんなにダメだったのか”と、つくづく落ち込む日々でもあった。そんな中でも、本当に僕のために、真剣になっていろんな声を掛けてくださる方もいらっしゃいました。本当にありがとうございます」
「で、そんな中で、若い頃に、事業を失敗されて、今なお、現役で頑張っている経営者の方が“生島くん、人生は何度失敗してもね、その気になれば生まれ変われるんだ”と。“いくつになっても成長できるんだよ”と。この声は本当に胸を打たれました。本当につくづく後悔のしきりだったんですけど、それから地元気仙沼では女性経営者の方でしたけども、震災でご家族を亡くされて、従業員も大変な思いをして、しかしそれでもなお、ご自分が病と闘いながら、真剣に必死に生きる姿を見せていただき、腐っている場合じゃない、もう一回立ち直らなければと、そういう思いになったのも正直ございました」
「そんな中で非常にご指導もしていただきました、先輩の久米(宏)さんがお亡くなりになりまして、現役時代のVTRを見させていただき、改めて久米さんの凄さ、そして放送人としての矜持に触れて、いや、これはもう僕一回しゃべるチャンスをいただけたらありがたいなと、思ったのは事実です」
「そんな中、こちらの文化放送の方が“人生、やり直しのきく再チャレンジ、一緒にやってみませんか”と、こちらからのリクエストにも答えていただきまして、新たな番組をいただきました。1年2カ月ぶりで、正直言ってしゃべりに自信がないですけれど、だけど、もう一回人生やり直すお手伝いをしたいと、この言葉に心打たれました。いや、本当にありがたいと思います」
「これからは、このご恩に報いるためにも、そしてリスナーの皆さんに“日曜朝9時は、生島ヒロシだ”と言っていただけるように気合入れていきます。よろしくお願いいたします!押忍!」
「思わず感極まって泣いてしまいましたけど、改めまして、新人の気持ちです、生島ヒロシです」
生島ヒロシ 復帰ラジオで涙の謝罪「感極まって泣いてしまいました」「新人の気持ちで」【コメント全文】
昨年1月から活動を休止していたフリーアナウンサーの生島ヒロシ(75)が5日、自身がパーソナリティーを務める文化放送「生島ヒロシの日曜9時ですよ~」(日曜前9・00)で活動を再開した。
生島は昨年1月に重大なコンプライアンス違反があったとしてTBSラジオのレギュラーを降板。活動を自粛していた。このラジオで復帰。番組冒頭から騒動を謝罪した。涙ながらに再開の思いを語った。
冒頭のあいさつ、全文は以下の通り。
「時刻は日曜朝9時になりました。おはようございます。生島ヒロシです。文化放送のスタジオのマイクの前で、座ってお話ししております。番組が始まる前に、私事ではございますが、少しお話をさせていただければ」
「昨年の1月27日に、27年続いた番組をコンプライアンス違反によりまして降板することになりました。私のとった行動で、不快な思いをさせてしまった方々、本当に申し訳ございません。そして、番組スタッフ、関係者、毎朝楽しみにしてくださったリスナーの皆様、本当に申し訳ございませんでした。とにかく、普段から、やらかし失敗はもともと多かったんですけど、改めて、ライフワークの番組をいきなり失ってしまうという、かなり私としてはショックも覚えましたし、猛省いたしました」
「こんな中で大変厳しい声もいただきまして、“ああ、俺はこんなにダメだったのか”と、つくづく落ち込む日々でもあった。そんな中でも、本当に僕のために、真剣になっていろんな声を掛けてくださる方もいらっしゃいました。本当にありがとうございます」
「で、そんな中で、若い頃に、事業を失敗されて、今なお、現役で頑張っている経営者の方が“生島くん、人生は何度失敗してもね、その気になれば生まれ変われるんだ”と。“いくつになっても成長できるんだよ”と。この声は本当に胸を打たれました。本当につくづく後悔のしきりだったんですけど、それから地元気仙沼では女性経営者の方でしたけども、震災でご家族を亡くされて、従業員も大変な思いをして、しかしそれでもなお、ご自分が病と闘いながら、真剣に必死に生きる姿を見せていただき、腐っている場合じゃない、もう一回立ち直らなければと、そういう思いになったのも正直ございました」
「そんな中で非常にご指導もしていただきました、先輩の久米(宏)さんがお亡くなりになりまして、現役時代のVTRを見させていただき、改めて久米さんの凄さ、そして放送人としての矜持に触れて、いや、これはもう僕一回しゃべるチャンスをいただけたらありがたいなと、思ったのは事実です」
「そんな中、こちらの文化放送の方が“人生、やり直しのきく再チャレンジ、一緒にやってみませんか”と、こちらからのリクエストにも答えていただきまして、新たな番組をいただきました。1年2カ月ぶりで、正直言ってしゃべりに自信がないですけれど、だけど、もう一回人生やり直すお手伝いをしたいと、この言葉に心打たれました。いや、本当にありがたいと思います」
「これからは、このご恩に報いるためにも、そしてリスナーの皆さんに“日曜朝9時は、生島ヒロシだ”と言っていただけるように気合入れていきます。よろしくお願いいたします!押忍!」
「思わず感極まって泣いてしまいましたけど、改めまして、新人の気持ちです、生島ヒロシです」










